はいくふぃくしょん中嶋憲武による掌編小説

2022.08.28

第13話 靴下  >>

「そうして我々は世界に君臨するのです」いつもながら壮大な水岡先生のお話を聞きながら、窓の外を眺める。舗道にセキレイがやって来ていて、長い尾羽をパタパタ上下に振っている。めんこいこと。何のお話をしてるんだっけ。絵画論のお話だったはずだ。

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2022.05.27

第12話 金魚 >>

タカミさんは花のような欠伸をした。このところ連日の気温が三十度を超えていて、ぼーっとしてくる。休暇がタカミさんとたまたま一致したので、そんなにお金のかからない遠くへふらっと行ってみる気になった。

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2022.04.30

第11話 海上の白薔薇 >>

海から戻っても、梨香は冴えない表情のままだった。昨日、久し振りに家族四人揃ったので、たまにはという事で海辺のレストランへ食事に行った。レストランの前の小さな国道を渡ると海で、店へ入る前に浜辺を散歩した。夕方というより、もう夜といってもいい時間だったが、まだまだ明るくのびのびとした気分になった。

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2022.03.22

第10話 べとべとの夜 >>

自動販売機をしたたか蹴っ飛ばしたので、右足が痛い。昨夜遅くカルピスを買おうとコインを入れたが、ガコンと音がしただけで商品が出て来ない。二三回蹴ってみたが、通行人はじろじろ見るし、足は痛くなって来るはで、初めっからカルピスなんて飲みたくなかったんだ。

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2022.01.30

第9話 古い歌 >>

珍しくフウカが付いて来ると言うので、一緒に出る事にした。私はジューダス・プリーストの黒い野球帽に、黒いTシャツにジーパン、赤のブロックチェックのすこしくたびれた綿シャツを羽織った。今はジーパンとは言わないのだそうで、ジーパンと言うとフウカは笑ってデニムでしょうと言う。

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2021.12.15

第8話 声 >>

カスヤ君の奥さんが病気だと言うので見舞った。病気の原因は分からず、それほど悪くもないので、家で寝たり起きたりを繰り返しているようだ。カスヤ君と奥さんのりっちゃんと僕は、学生時代以来のつき合いだ。同じサークルに所属していて、三角関係めいた事もあった。

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2021.10.31

第7話 お参り >>

はっとした。こんな雨の金曜の夜に、こうしてCDジャケットを眺めながら、友人を待っていることが前にもあったような気がした。いま手に取っているジャケットの写真、照明の明るさ、周囲の騒音。そんな状況が確かにあった。いつだったけ?考えていると、トモミに声をかけられた。そうそうこのタイミングだ。このあとはロシア料理に行くんだ。

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2021.09.30

第6話 末裔 >>

する事はこれと言って無い。小さな川に沿ってぶらぶらと歩く。薄日の差し込む川面は、どんよりと重く鈍い煌きを放ちながら、ゆっくりと流れていた。川の流れの先にスカイツリーが見える。虚無的な男の一瞥のようにくらりくらりと灯を廻している。

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2021.08.29

第5話 限界と終局 >>

どれぐらい経ったのだろう。仕事で近くまで来たので、懐かしくなって寄ってみたが、あの頃と同じ様子で建っている。木造モルタ造りの二階建て。破風の白いところに「あけぼの荘」と墨文字で太々と書かれてある。

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2021.07.25

第2話 まげ >>

俺は百六十センチ。新太は百八十センチ。並んで立つとR2-D2とC3POみたいだ。郊外の私鉄の小さな駅前。ちょうど夕方の帰宅どきで、改札から出てくる人、改札へ向かう人の波で、ちょっとした活気にあふれる時間帯。

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2021.06.20

第4話 哀愁くん >>

ひとりでいると、途轍もなく不安になる。九時半を回った。このところ残業つづきで、帰宅は毎晩遅い。十一時帰宅、一時就寝、六時起床、八時出社。その繰り返し。あと十余年もすれば定年だがいつまで持つのやら。

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2021.05.20

第3話 猫のバカ >>

チーコが死にました。チーコというのは、おかあさんとわたしが大事にかっていたカナリアです。三学期がはじまって、二週間ほどしたある朝、となりのくつ屋さんの猫が、ベランダの鳥かごをあけて、くわえていったらしいのです。

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