はいくふぃくしょん中嶋憲武による掌編小説

第3話2021.5.20

猫のバカ

中嶋憲武

 チーコが死にました。チーコというのは、おかあさんとわたしが大事にかっていたカナリアです。

 三学期がはじまって、二週間ほどしたある朝、となりのくつ屋さんの猫が、ベランダの鳥かごをあけて、くわえていったらしいのです。その日は金よう日で、パートからおかあさんが帰ると、くつ屋のおばさんがティッシュにくるんだチーコを連れておとずれて、本当に申しわけありませんとあやまったというのです。

 わたしはその話をおかあさんから聞いたとき、くつ屋さんの猫がにくらしくてどうしようもなくなり、でもどうすることもできないので、わんわん泣きました。妹のアズサも、宿だいをしていた部屋から出てきて、いっしょに泣きました。

 「ナナミちゃん、出かけるときに、おかあさんが鳥かごをしまいわすれたのがいけなかったのよ」と言って、おかあさんは涙をぽろぽろこぼしました。

 ティッシュのなかのチーコは、あんなにやわらかだった羽もがしがしになって、足のつめは、宙をひっかいているようでした。心のなかで、どんなに猫をのろってもチーコはもう帰ってきません。

 チーコが元気だったとき、おかあさんはよく英語のカナリアのうたをうたっていました。「ブルッブルッブルッブルッカナアリー」というところばかりよく聞こえたので、カナリアがぶるぶるふるえているうたなんだと思っていました。だい名を知った今でも、そのいんしょうは変わっていません。

 その夜、チーコをタオルにねかせて、まわりに花をいっぱいおきました。おせんこうもいっぱいあげました。お父さんが帰ってきて、チーコが死んだてんまつを聞くと、「そうか。しかたないな。でも猫にわるぎはないんだよ。ほんのうだもの」と言って着がえに行ってしまいました。

 なっとくのいかない気分でいると、アズサがわたしの肩に手をおき、「チーコも星になるんだね」と言うので、わたしは、あしたおはかつくろうねと言いました。

 つぎの日。チーコを小さなタオルにつつんで、花といっしょに小さなお茶のかんにいれました。チーコをいれたお茶のかんとスコップを持って、わたしとアズサは外にでました。

 へいの上に、くつ屋さんの猫がねていたので、わたしは猫に「ばか」と言いました。アズサもまねして「ばかばか」と言いました。猫はねていました。

 川のほとりの、大きなキリの木の根もとにうめることにしました。この木は春になると、きれいなむらさき色の花をたくさん咲かせるのです。

 チーコをうめて、大きな石をひとつおいて、わたしとアズサはチーコが天国へ行けるよう、おいのりをしました。

 「これで本当にお別れだね」さようならと言って、歩きだしました。わたしはふりむきませんでした。アズサはいちどだけふりむいたようでした。

大寒の土カナリアの死のひとつ  増田守   (二十五周年記念号 梨花集より)              

炎環 2013年4月号より転載

 

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